2003年 5月26日(月)
「歯車が狂った」と言っても、全ては自分の責任によるものだ。 DR君には何の係わりもないので念のため。
最初はカッコ悪いので省略するつもりだったのだが、自分自身へのイマシメのため、事実をありのままに書くことにした。

さて、白川郷から高山方面へ抜けるには、R158で御母衣湖の南側をまわって高山に出るか、R360で天生(あもう)峠を超えて行くかだ。 ツーリングマップルによれば、天生峠はかなりの難所らしい。 当然、面白そうなのはこちらだ。
11:50 とりあえず、自分が先頭立って走り出す。 荻町交差点を左折。 ところがいくら走ってもR360の入り口が見当たらない。 結局、5km以上走ったところでおかしいと気付き(遅い!)引き返す。 またミスコースしてしまった。 入り口は、先ほど左折した荻町交差点のすぐ近くだった。

12:15 上り始めて2kmも進まないうちに、通行止めのゲートに出くわした。 冬季通行止め!? GWもとっくに過ぎたというのに、呑気な話だ。 DR君とどうしようかと話し合っていたら、ゲートの向こうからおじさんが二人歩いてきた。 「バイクなら行けるよ」というので、サイドバックを外してゲートの脇から中に入る。
喜んだのもつかの間、今度は峠方向からCR-Vが下ってきた。 どうやら営林署の人らしい。 「去年の冬は雪崩が多かったので、道路整備もまだ終わっていない」、「岩が散乱してるし、雪が残っているところもあるよ」、「この先で3ヶ所で、大型クレーンを使って工事をしているので通れない」とのことだった。 行ってみたかったが、あきらめてゲートの外へ出る。

北から降りて来たDR君は、南回りで高山へ行くという。 南から上ってきた自分は、戻るもの癪なので北側からR41に出られるルートを探すことにする。 これからまだ1ヶ月半掛かるという、DR君の日本一周の旅が、幸多からん事を祈る。 そういえば、名前を聞いてなかった。
再び一人になって、少し気が楽になった。 素直に北上してもいいのだが、地図を見るとR360の北側に山越の林道がある。 国道が通行止めなのだから、こちらもその可能性大だが、行くだけ行ってみることにした。
12:40 林道の入り口はすぐ見つかった。 やはり通行止めの看板が立っているが、構わず入る。

最初の1.5kmは舗装路だったが、まもなくダートになった。 路面の大部分は固く締まったダートだが、一部の区間には大弛峠級のガレ場もあった。 楽しんで上る。
途中で工事現場らしき所を通過したが、人は居なかった。

ちょっと小休止。 梢の向こうに白山が見えた。

峠に上がりきる手前で、突然大きな鳥が十数羽飛び立った。 カラス?と思ったら鷹(?)だった。 慌ててシャッターを切る。

13:06 牛首峠の石碑と共に。 GPSのデータによると、入り口からの距離は約12km、高低差は600mmといったところ。
ここは岐阜県と富山県の県境となる。 牛首峠と名の付く所は他にもあるが、どのような由来なのだろうか? 石碑の傍には、ふきのとうや蕨などの山菜が自生していた。


富山県側に入ってすぐに、林道は二手に分かれる。 なんだかアメリカ横断ウルトラクイズの○×クイズみたいだ。 ○ならパネルの向こうはクッションで、×なら「泥の海」。 右は利賀川ダムへ続く林道で、R471へ出るなら最短距離だ。 左の道は、ツーリングマップルによると道幅が広くて走りやすいとあるが、北へと伸びる道でかなり大回りだ。 ここは右の林道を選択する。

ところが右の道は狭くてかなりの急坂。 しかも路面は残雪でシャーベット状という最悪の状況。 こりゃ「泥の海」だったな。 下りきるしかないので、慎重に下る。
下りきった所には軽バンなどが数台停まっていた。 山菜などを取りに来ているらしい。
距離的には大した事はないのだが、ようやくダム湖が見えてきた時にはホッとした。

13:21 ダートを下ると、ダム湖が見えてきた。 やれやれ、これで県道に出ることができる。 湖畔にはキャンプ場もあるようだった。
地図によるとダムを渡った先が県道34号線なのだが、資材がバリケードのように置かれており、通行できなくなっていた。 一台だけ車輪が付いていて、動きそうだった。 長さ8m、重さは1tonくらいありそうだ。 力一杯押すのだが、ブーツカバーをしたままだと、滑って力が入らない。 道路側に傾斜がついているので、そこから急に重くなる。 ブーツカバーを外して、15分後ようやく突破。
動かした台車を元に戻していると、左側の道からパジェロがやってきた。 ダムの職員らしい。 何か言われるかなと思ったが、別に何も言われなかった。

ダムの上流にあたる沢に沿って進む。 さすが県道だけあって整備されている。

地図にもあるように県道は途中で途切れ、同時に路面はダートになった。 手入れされていないので、積雪に耐えかねて落ちた直径5cmほどの松の枝が、ゴロゴロ転がっている所もある。 パンクしないか心配だったが、踏み越えて進む。 本当にトランザルプは大したバイクだと改めて思った。
なおも進むと、路面が崩壊しはじめた。 そして、その先には・・・

13:48 目の前には長さ10mに渡って残雪が立ちはだかっていた。 試しに突っ込んでみたが、リヤタイヤが掘れて埋まるだけだ。 雪の深さは30cm以上あった。 坂になっているので、押して通ることも出来ない。 もうR471まであと2km程度のはずなのだが・・・ しばし葛藤したが、ここは諦めてもう一方の道で帰るしかない。

ダムへ引き返し、先刻ダム職員のクルマがやってきた方へ向かう。 多少大まわりになるが仕方がない。 ガードレールのない断崖絶壁の道を進む。

14:12 ところがダムから1.7kmほど行った地点で、道路を分断する形で工事が行われていた。 人ひとり渡れる程度の幅は残っているが、その向こうにはクレーンがどっかりと居座っているので通行は不可能だ。 聞けばダムの職員は、ここでクルマを乗り換えて街まで帰っているらしい。 なるほどね。
ということは・・・? どうやら自分は閉じ込められたらしい。

この時点では、まだ精神的に余裕はあるつもりだった。 閉じ込められたといっても、元来た道を戻って白川に帰ることはできるのだし。
だが今考えれば「閉じ込められた」という言葉が心に浮かんだ時点で、平静さを失っていたのかもしれない。 またあの重たいバリケードを動かすのはイヤだったし、ダム職員の手前、引き返すのはカッコ悪かった。 意地でもここから抜け出てやろう。
地図を確認すると、百瀬川沿いに八尾町へ抜ける第三の林道があった。 ふれあい林道という名称で、整備されたのは平成に入ってからのようだ。 うまくすれば山を越えて、道路工事を箇所をバイパスできるかもしれない。

林道自体は道幅も広く、よく整備されていた。 木の枝が散乱している所もあったが、雰囲気は明るい。 これは期待できるかも。

だが期待もむなしく、上りきった所には再び雪のバリケードが! 雪の量はこちらの方が多い。 日当たりの良いところなので、おそらく除雪した際の雪の山が残っているのだろう。 思わずへたり込む。 ダメか・・・
時刻は14:40。 いつの間にかもうこんな時間だ。 おまけにトリップメーターは200kmを越えている。 山道ばかりを走っているので、燃費は悪いはずだ。 そろそろガソリンの量も気になってきた。

こうなれば、最初の道を突破するしかない! まずはしばらく先まで歩いて、状況を確認する。 幸い雪はないようだ。 道路工事の残りの木材が残っていたので、雪の上に敷いてみた。 だが過積載のトランが乗るとバキバキ折れる。 荷物を全て降ろし、跨らずにバイクを押しながら進むがやっぱりダメ。 除雪することも考えたが、どれだけ掛かるか見当もつかない。 汗だくになって悪戦苦闘すること25分。 ついにギブアップ。
自分でも分かっていたのだが、飲み物を持って来なかったのは失敗だった。 昼飯も食べていない。 ずっと合羽を着ていたので、大量の汗をかいて脱水症状が出始めている。

一旦敗北を認めると、清清しい気持ちになる。 15:45 ダムに戻ると職員のクルマはなかった。 バリケードの台車を押す。 力が入るか心配だったが、勢いをつけて押せば一発で移動できた。 素直に元来た道を帰れば良かったのだ。 バイクを通し、台車の輪留めにしていた材木を外す。 ヤレヤレという思いと共に、傾斜を転がっていく台車がぶつからないか見送っていた次の瞬間、

痛む足を抱えて牛首峠への道を登る。 途中に分岐があったので一旦はそちらにも行ってみたのだが、もう試行錯誤している余裕は精神的にも肉体的にも、そして時間的にもない。 引き返して元来た道で白川まで戻った。
白川に着いたのは16:30だった。 3時間50分のロス。 まずは給油だ。 それからコンビニで牛丼弁当とお茶を買う。 足の痛みは痺れるような感じだ。 なんとか歩けるので骨は折れてはいないようだが、ヒビが入っていてもおかしくはない。 ツメもイカれているような気がする。 果たしてこんな状態で、埼玉の自宅まで帰りつけるだろうか?

このような危機的状況では、最短ルートを通って帰るのが当たり前だ。 16:45 一旦はそのつもりで走りだしたのだが、気が変わってR156で砺波へ抜け、富山経由で帰ることにした。
R156は飛騨合掌ラインという別名があるとおり、途中にいくつもの合掌造りの集落がある。 とても立ち寄る余裕はなかったが、白川郷ほど観光化はされていないとDR君は言っていた。
17:51 砺波I.C.近くで県道25号線へ右折。 さらに県道11号線→R359→県道220号線とつなぎ、18:24 R41へと出る。 なぜ富山経由にこだわったのかというと、3年前に帰省の帰りに通ったR41〜R471が懐かしくて、もう一度通りたかったのだ。 往生際が悪いとはこのことだ。
富山市街を抜けた辺りで雨が降り出してきた。 自宅を出る時に施した、シールドの撥水スプレーもすでに効果はなく、対向車のライトがギラギラする。
19:21 神岡でR471に入った頃から、富山ナンバーの運送トラックの後ろにつけた。 既に日は暮れ、霧と雨で視界は狭まる。 ただただそのトラックのテールライトを見て走った。 結局、そのトラックとは松本I.C.近くの交差点まで一緒に走った。 安房トンネル入り口に到着したのは20時ちょうど。 そこから先は他のクルマも居たが、富山から松本まで暗い山道を一緒に越えてきたそのトラックとドライバーには、妙なシンパシーを感じてしまった。
雨は奈川渡ダムを過ぎたあたりで止んでいた。 21:08 松本I.C.から長野自動車道に乗り、岡谷JCT.で中央道へ。 21:32 給油と食事のため、諏訪湖SAに立ち寄る。 嫁は友人と東京ディズニー・シーへ行っており、まだ帰ってないようだ。 緊張が解けて眠くなるのが怖い。 テンション上げて走る。 八王子I.C.着は23:20。 そこからR16を伝って自宅に着いたのは、日付が変わって5/27の00:02だった。
後日談。 当然ながら、翌日は有休を取って病院に行くハメになった。 レントゲンの結果、親指の骨の先がわずかに折れているが、着かなくても問題ないとのこと(本当か?)。 他の指は腫れてはいるが大丈夫だった。 破傷風予防の注射を受ける。 一ヵ月後と一年後にも、また注射を受けねばならないらしい。 抗体が出来るまで時間が掛かるので、即効作用がある点滴も受ける。
親指の爪は、生え際でブッチ切れて浮いていた。 おかげで靴下は真っ赤に染まり、バイクシューズは何度濯いでもスイカジュースのような水が出てきた。 医者は「この爪はそのうち取れるよ」と言ったが、包帯で巻いているうちにくっ付いてきた感じだ。 出血も少なくなったので、今は絆創膏で押えてある。
会社へは翌々日から出社している。 スポーツサンダルにブーツカバーをして、トランで通勤。 当分ツーリングへは行けそうにない(5/31〜6/1友人と伊豆ツーリングの予定だったがキャンセル)が、もうすぐ入梅だしまあいいか。 行きがけの駄賃どころか、思わぬおつり(怪我)まで貰ってしまったが、元より自己責任は承知の上。 今後もあちこちの山道へ行くつもりだ。 でも通行止めには素直に従うことにしよう。![]()