猿橋と旧中央本線の遺構を往く


2001年 8月25日(土)

友人Hが自由にバイクに乗れるのが八月一杯だということで、最後に旧国鉄中央本線に残る遺構を訪ねに往くことになった。

待ち合わせは、川原宿交差点のスリーエフに10:30。 二人の自宅からの中間地点であり、嫁を仕事に送り出す時刻から逆算するとこうなった。
 まずは先週と同様に、陣馬街道を西進する。 写真は先週ミスコースした地点でのショット。 今日はここを左折して、上野原の方へ下っていく。

都道33号線(上野原五日市線)からR20(甲州街道)に一旦入るのだが、信号のなく見通しの悪い交差点で注意が必要だ。 500m位走ったところで右折して、都道30号線(大月上野原線)へと入る。 この道が旧甲州街道だ。
 時おりかつての宿場町を通過しながら山肌を縫うように走る旧道は、まるでバイクの為にあるような道だ。 交通量も非常に少なく、遅いクルマに前を塞がれることも無かった。
 後日、夜にクルマで通る機会があったが、非常に運転しづらい道だった。 クルマの通行量が少ないのも頷ける

出発前は懸念された天気だったが、この頃になると日差しも強くなり暑くてたまらない。 中央道との交差地点で一休み。 中央道は下り車線がノロノロ状態。
 夏休み最後の週末ということで、行楽に出てきたのだろう。 平日ならともかく、週末なら夏休み明けに行っても同じことだと思うのだが。

再び走り出そうとしてふと見ると、向こうにS.A.らしき施設があった。 地図で確認すると、伊那の帰りに寄った談合坂S.A.だった。 時刻も昼近かったので、飯でも食べていこうということで、外からS.A.にお邪魔することにした。

売店では自衛隊の皆さんが、ソースローメンの店に群がっていた。 隣のソフトクリーム屋で、黒蜜きなこソフトを買う。 ソフトクリームと”きなこ”が、こんなに合うとは意外だった。 超オススメである。
 その後、中のレストランで舞たけ天ぷらうどんを食したが、こちらはNo Good。 Hが頼んだカレーはまあまあだったらしい。

R20から土手を登って、他所様の畑の脇を通り過ぎると、旧中央本線のトンネルがあった。 1968年(私が生まれた次の年だ)の中央本線複線化に伴い廃止されたものだ。 既に電化されていたので、トンネル天井に架線器具が残っていた。

入口付近の地面は乾いていたのだが、中は浸水でぬかるんでおり、Hはコケそうになって持っていた本を落としてしまったらしい。
 現在は畑にトラックを乗り入れるのに使われているようだ。しいたけ栽培に使われていたとおぼしき丸木がある。

トンネルを抜けると、すぐ次のトンネルがあるはずなのだが、土手がコンクリで覆われている。 本に載っている写真と、土手の上に建つ家が一致する(なぜかトンネルから川のように水が出ているが)ので、場所に間違いはないはずだが。
 どうやら右手に抜ける道を作る為に埋められてしまったようだ。 「歴史的遺構を埋めてしまうとは!」とHは憤慨していたが、付近の住民にとっては邪魔なだけなのだろう。

トンネルの向こう側はどうなっているのか、再びR20で移動する。 するとこんな物が... それにしても凄い勢いで流れていく。 東京電力の立て看板があることから、どうやら水力発電用の水路であるらしい。

下まで降りてみる。 相当古そうな建築物だが、これが旧中央本線の線路跡なのか? 確かに橋の部分は上下二重構造になっており、鉄道の橋の上にレンガを積み上げて水路にしたようにも見える。

さらにその反対側に廻ってみると、ビニールハウス状の物がある。 中を覗くと先ほどの水路だった。
 しかし、本当にこれが旧中央本線の跡なのだろうか? 本に載っている当時の地図と、位置が微妙に違う。 それに本来ならR20よりも高い所を走っているハズなのだ。

高台に登ってみて疑問は氷解した。 旧中央本線が走っていた所は、草木に覆われて一段高くなっている所のようだ。 当時の地図をよく見ると、当時から水路は別に存在していたらしい。
 しかし、もう一つ疑問が浮かぶ。 コンクリで潰されたトンネルは、水路として使われていた写真が残っている。 水路が昔から、線路と別に存在していたのなら、なぜそんな写真が残っているのだろうか?

謎はひとまず置く。 次に、R20と交差しつつ再びトンネルに入る地点に移動する。 下からでも薄暗い木陰の中にトンネルの入口が見える。 さすがに中に入るのはムリだろうと思ったのだが、Hはやおら軍手を取り出して土手を登り始めた。 点検用なのかロープがぶら下がっていたので、登るのは難しくない。

Hが登って行った後、ヘッドランプを渡すのを忘れたのに気が付いて、結局自分も後から登ることに。 入口は金網フェンスで入れないようになっている。

フェンスにかじりついて、トンネル内を凝視するH隊長。 風は通っているので、出口はあるらしい。

とうとう中に入っていってしまったH隊長。 でも途中で引き返してきた。 一人じゃ行けないというので、結局自分も一緒に行くことに。
 トンネル内はカーブしているらしく、「一寸先は闇」状態。 地面が乾いた砂利なのが救いだが、さすがに50m行った所でギブアップ。 もっと強力なランプじゃないと何も見えない。
※良い子はマネをしないようにしましょう

トンネルの出口はこうなっていた。 この先は桂川に掛かる橋へと続いていたらしい。

日本三大奇橋の一つ、猿橋はすぐ近くにあった。 確かに変わった橋だ。 観光地らしく、見物人が絶えることはなかった。 ちなみに三大奇橋の残りの2つは、山口県岩国の錦帯橋と長野県の梯(かけ)橋だそうな。
 線路跡の探索で体力を消耗したので、猿橋近くの蕎麦屋でざるそばを食す。 なかなか美味であった。
 いざ出発しようとしたら、Hがおじさん二人組と何やら話している。 話が終わるのを待っていたのだが、蚊に食われてしまった。 後で聞いたら全然知らない人で、向こうから話し掛けてきて、道案内をしてくれたらしい。 有難いけど話が長すぎるよ。 あー痒い。

おじさんの厚意をおろそかにした罰か、山梨県道509号線(朝日小沢猿橋線)に入るはずが、県道513号線の方へ入ってしまった。 途中で気がついて戻ったが、往復5kmのロス。
 509号線は途中で非常に狭い区間もあるのだが、バスが通っている。 ブラインドコーナーでいきなり出てきたら、逃げ場がないので要注意。
 写真の地点で県道は終わり。 ここから先は林道だ(舗装済)。 路面に落葉が堆積していたりするので、ここでもムリなライディングは禁物。

峠にて。 峠の由来が書かれた看板に、時刻表らしき紙が貼ってある。 こんなところまでバスが来るのだろうか?

峠を下り、県道35号線(四日市場上野原線)に合流する。 東京目指して進んでいくと、リニアモーターカー実験線があった。 旧中央本線の遺構を見た後に、未来の鉄道施設を見ることになるとは。 でもこの実験線も、本線として活用されなければ、今日見た遺構と同じ運命を辿るのかもしれない。

神奈川県に入り、県道517号線へ。 目的地は藤野やまなみ温泉(大人3時間\600)。 町営らしいが立派な温泉だ。 まずはひとっ風呂浴びてから晩飯とする。 結局閉館時間(20:00)まで、まったりさせていただいた。

Hがラーメンを食いたいというので、とりあえず都内へ向かうことにする。
 R413に入り津久井湖まで来たところで、川崎ナンバーの青いトランザルプと一緒になった。 R16に入りさらに町田街道に入っても、ずっと自分達の前を走っていた。 話し掛けてみたかったのだが、工事渋滞で先行されてしまい、それっきりだった。 ちょっと残念。
 環7の珍々でラーメンを喰ったあと、Hの家に泊まることに。 R1を走ってたら、ライトアップされたTokyo Towerが。
 途中で酒を買い込んだりしたのだが、さすがに疲れたのでこの日は01:00に就寝。

翌朝は07:00に起床。 嫁と長瀞にかき氷を食べに行く約束をしていたので急いで帰らねば。 07:30に芝公園を出発して、一時間弱で狭山の自宅に帰還した。 休日朝の都内って空いてるな。 これだったら08:30に関越の高坂S.A.に集合だってOKだね、H隊長!The End.